Lun's porte

私のどうでもいい私生活の扉

「幸福論」(短編小説)

 

私には大切な人がいる

 

 

その人は一見、無口に見えるが

とても温かみがあって

誰よりも美しい。

 

彼の哲学や言葉は

私の身体を、血液と並行に駆け巡り

全てを一瞬で満たす。

 

 

私には大切な人がいる

 

 

その人は私と共に

強がり、泣いて、笑いかける。

汲み取りにくい彼の気持ちは全て

彼の「優しさ」に塗り替えられてしまう。

 

 

私には大切な人がいる

 

 

その人は私へ素直に好きだと告げる。

この言葉に何度も安心し

何度も唇を重ねた。

 

 

彼が居ないという生活は、知らずと考えられなくなっていて

気づけば、私は心のうちで悦楽の叫びをあげていた。

 

 

 

 

 

 

彼の全てに欲情を催し、彼の全てを望む。

 

 

 

 

 

 

私には大切な人がいた

 

 

その人に1度も好きだと言わなかった。

 

 

私は、言えなかった。

 

 

彼の存在が

不純物をいとも簡単に幸福へと溺れさせるから。

彼の存在が

快楽沼そのものだったから。

 

 

まんまと彼に嵌(はま)ってゆく私に、恐怖を覚えた。

 

 

だから傍にある本当に欲しかったものに

目を塞ぎ

耳を塞ぎ

口を塞いだ。

 

 

 

互いのあるべき道に進む際

私が彼を忘れられないというのは

遠に分かっていたことだ。

 

 

 

 

ねえ

 

 

私が、私らしく居続ける為にも

君の命がある限り、どうか君は人生を全うし

他の誰かを幸せにしてゆくのです。

 

 

 

 

君を心から愛してしまった私にとって

それが最大の幸福なんです。

 

fin.